​Yoshiya Hongo

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2018/瓦礫、アクリル

中国広州に2週間滞在し、制作を行った。 立ち並ぶ高層ビルと整備の行き届いた高速道路とは裏腹に、その周囲には山積みにされた開発にともなって解体されたマンションの瓦礫がいたるところに山積みにされている。街中を歩いてみると、現在も工事は着々と進められている。そしてその中に人々が生活している。急速に近代化の進む中国において進められる開発の速度と、そこに住む人々の生活の間には大きなギャップがあるのではないか。部外者である私は、その様子を外から眺めている。しかし、そこに含む根本的な問題は中国に限ったことではない。日本に住みながら日々感じていた違和感の答えが、客観的な立場を通してクリアになっていった。社会とそこに生きる私たちの間にある距離、私たち自身が生きていく中で知らないこと、私たちが生きていく中でその足元にあるものについて、私は積み重ねられた瓦礫の上に立ち、自分が今を生きていくことに向き合っていく。

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今、日本のいたるところで再開発が行われている。東京もその例外ではない。知人から連絡を受け、京島にある長屋が次々と取り壊されていることを最近知ることができた。
その建屋は関東大震災に伴う火災によってつけられたという焦げ目が梁材に生々しく残っていた。震災後は資材が不足し、燃え残りをそのまま用いて建てられたからだという。
2018年の年末にかけ、10数棟が一つの固まりとして残されていた最後(?)の区画が解体された。今後は老人介護施設や保育園がそこに作られるということである。家屋に使われていた木材はチップにされ、火力発電の燃料にされる。
そこに住んでいた住人は近隣へ引っ越し、今も元気に生活を行っているらしい。

解体の現場には重機が投入され、あっという間に瓦礫の山ができあがる。
さみしそうに遠巻きに様子をうかがっている近隣の住人。
淡々と作業をこなす職人。
近所の公園から無邪気な子供の笑い声が聞こえてくる。

そこで過ぎた時間、生きていた人々について、これからそこで過ぎていく時間について考えてみる。
きっと、ここにそれがあったことも、すぐに風化し、流れていく。

そこにあったことも過ぎた時間も、今を生きる私たちの足元に転がっていて、次々と積み重なる瓦礫の中に埋もれていく。

今を生きるために、そこにあるものと向き合っていく。

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サイズ可変
2019/瓦礫、アクリル

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